夏の思い出

小学生時代の夏休みは、父の育った山奥の村で長く過ごしていた。
山深く、川が流れる村。ぼっとん便所が怖かった。
道行く人はみんな知り合いと教えられていたので、誰にでも挨拶。近所のお兄さんに遊んでもらったり、自分の祖父母ではないおじーさまおばーさまの所にも押しかけてお茶とおやつをいただいたりした。
甘〜いトウモロコシを畑でもいで茹でたり、青臭いきゅうりを冷やしてかじったり、畑のトマトはこっそりくすねて食べた。流れる汁で手が痒くなって困った。


小さな山の上に公園があって、いつも祖父とそこまで登っていくのがお楽しみ。熊がいたという穴や、マムシ怖さにびくびくしながら。でっかい鬼ヤンマを捕獲できて大喜びしたり、イナゴは怖いけどショウリョウバッタはかわいくて、たくさん捕まえた。
家の前に小川があって、ひたすらタニシ取りにせいをだした。地元の子供は禁止されているのか人気のない道路沿いの大きな川で、泳いだりめだかを取った。川はどこから始まっているのか知りたくて、ずっと遡っていって夕暮れになって、半べそでカナカナのなか、帰ってきたこともある。


夜は蚊帳を吊って、早く寝ないと「チリンが来て連れて行かれる」と言われ、音が聞こえると大急ぎで耳をふさいで寝たふり。今思えば火の用心の拍子木と同じで、鐘をもって当番が回ってただけなのに、空想力豊かなN吉は、籠を担いで箕傘・脚絆・手甲をつけた二人組の男が鐘を鳴らしつつ各家を回り、寝てない子の気配を察知して、籠に入れてどっかへ連れていくと信じていた。チリンに気づかれないように必死だった。


ある日、いつものように小川でタニシをバケツ一杯取りながら、小さな橋をくぐって、お屋敷の中に入ってしまった。
開け放たれた縁側と座敷、池には菖蒲?が咲いていて秘密の花園みたい。怖くてすぐに戻ったけれど、その光景は今でも鮮明に覚えている。田舎の村なのに別世界だった。

ここは、さる旧家を中心とする村。今でも横溝正史ものを読むと、この村の情景が浮かんでくる。